大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)67号 判決

東京都中央区銀座三丁目四番一二号

上告人

株式会社文祥堂

右代表者代表取締役

佐藤克夫

右訴訟代理人弁護士

服部弘志

須藤修

同弁理士

後田春紀

東京都千代田区神田駿河台一丁目六番地

被上告人

日本ファイリング株式会社

右代表者代表取締役

田嶋遠平

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第四六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成三年一月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人服部弘志、同須藤修、同後田春紀の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程にも所論理由齟齬等の違法は認められない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)

(平成三年(行ツ)第六七号 上告人 株式会社文祥堂)

上告代理人服部弘志、同須藤修、同後田春紀の上告理由

原判決には理由齟齬ないし判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽、理由不備の違法があり破棄されるべきである。

一 本件考案と第一および第二引用例の発明との根本的相違

1 本件考案は原判決も判示するように移動棚の移動機構の改良に関するものである。

移動棚とは、もともと「棚」という物品の保管装置につき、その移動を可能ならしめるものであり、物品を運搬するものではない。それが設置される場所は一般事務室内の床、倉庫などの建物内であり、その移動の目的は建物内のスペースを有効利用することにある。したがって、移動棚の移動距離は数一〇センチメートルから数メートル程度であって、しかも直線移動に限られ、その移動速度も概ね五〇ミリメートル/秒である。

このように、移動棚は、棚という物品の保管装置として長時間静止していることを本質的要素とする。

したがって、移動棚用の案内軌条は、長時間の静止荷重に耐えるような構造であることを要する。そのためには車輪のころがり面と軌条の踏面が最大限幅で接触することができるようなものであることが、移動棚用の案内軌条の不可欠の要件である。

2 これに対し、第一および第二引用例の発明(以下、引用発明という。)は「鉄道車輪を含む、広く車両一般、乗物一般の転動用の車輪ローラの軌条に関するもの」(原判決九一頁、同九二頁、同九四頁ほか)である。いいかえると引用発明は、車両(鉄道、車両一般・乗物一般)に関するものである。

車両は、一般に荷物を積載しあるいは人を乗せて一地点から他地点に運搬することを目的とする。そこで、車両は、ある程度の速度でもってある程度の距離を移動することをその本質的要素とするのである。

したがって、車両用の軌条の多くは、例えばJIS普通レール規格などから明らかなように、その踏面が中心部が高く湾曲面をなすように構成されている(第一引用例の第二ないし第四図参照)。これは、車両がある程度の速度でもって直線部分あるいはカーブ地点の軌条上を走行するものであるから、その走行を円滑にするために摩擦を最小限にすることが不可欠だからである。なるほど車両においてもその積載する荷物や人の荷重に耐える必要から、厳密な意味での点接触は不可能であるとしても、摩擦を可能な限り最小とすべく、車両用の軌条の踏面と車輪のころがり面とは車両の走行条件に適する最小限幅で接触することが必要なのである。

ところで第一引用例第一図に示される軌条の踏面は、中央に向かって極く小傾斜しているが、これも摩擦を最小にするための構成であって、これが車両用の軌条であることを示すものに他ならない。

3 以上から明らかなように、本件考案は移動棚という長時間の静止を本質的要素とする保管装置に関するものであり、引用発明は車両というある程度の速度である程度の距離を場所的に移動することを本質的要素とする運搬装置に関するものであり、その用途は全く異なるものなのである。

そして、こうした根本的な差異は、それぞれの軌条につき、正反対の構成をもたらしているのである。

すなわち、本件考案においては、その軌条が車輪のころがり面と軌条の踏面が最大限幅で接触するように構成され、引用発明においては、その軌条が車輪のころがり面と軌条の踏面が最小限幅で接触するように構成されているのである.

二 原判決の矛盾

1 原判決は、引用発明を「鉄道車両用に限らず、広く車両一般、乗物一般の転動用の車輪、ローラーの軌条に関するものである」(原判決九四頁)としたうえで、引用発明が「レール頭部の転動面が中心部内側の方へ傾斜しており、・・・車輪を点接触させて走行するものとの本件審決の認定はその限りでは誤っているものではない」(原判決九五頁)と判示しながら、「第一引用例記載の発明は、水平な基盤の上に敷設すればレールの各頂部は丸みを帯びた縁部以外にほぼ水平であるという意味で、ほぼ水平の態様のものをも含むことは明らかである」(原判決九七頁)と認定し、第二引用例の発明についても「レールの各々の頂部がほぼ水平の態様のものも含むと認められる」(同九八頁)と認定した。

さらに原判決は、引用発明における軌条の踏面につき「本件考案と同様に平坦な走行面を有するものも含まれている」(原判決一〇七頁)と認定した。

こうした認定を前提として原判決は本件審決につき「本件考案は第一引用例および第二引用例の記載事項から極めて容易に考案をすることができるものとは認められないと判断したもので」あって(原判決一一八頁)、本件審決の判断は誤りであると帰結する。

2 しかしながら、前記一で明らかにしたとおり、本件考案における軌条の踏面は、長時間の静止荷重に耐えうるように、車輪のころがり面と最大限幅で接触することができるような構成であることを要し、そのため、本件考案における踏面は厳に「平坦」であることが必要なのである。この点を詳述すると次のとおりである。

すなわち、移動棚においては、それが保管装置であるため、車輪のころがり停止点で棚が長時間停止することとなる。その場合、軌条の踏面と車輪のころがり面とは、長時間に亘り静止荷重を受けるために、局部的に車輪が摩耗あるいは変形し易い結合関係となる。

ところで車輪の許容荷重は、車輪の許容輪圧の値までとることができるが、ここで

許容輪圧=P、車輪径=D、軌条の車輪の接触幅=b、材質による許容応力係数(kg/cm2)=K

とすると、

P(kg)=D×b×Kで示される。

したがって、材質の条件および車輪径を同一とした場合、軌条と車輪の接触幅が大きければ車輪の許容荷重も大きくなり、移動棚においてより多くの保管物品を収納することができる。例えば軌条と車輪の接触幅を二倍(例えば一センチメートルから二センチメートルへとする)にすることによって、二倍の車輪の許容荷重を得ることができる。

したがって、本件考案は最大の許容荷重を得るため、軌条の踏面を湾曲面を持たせることなく、またやや水平でもなく、平坦となして、最大の接触幅を得るよう形成されているのである(甲第二号証第四図参照)。

さらに、車輪のころがり面が軌条の平坦な踏面に最大限幅で接触しているため、移動棚の長期静止時においても、単位接触幅当たりの荷重は分散され、車輪の摩耗や変形の虞れがないのである。

3 しかるに、引用発明における軌条の踏面は、車両の荷重に耐えるに必要な限りにおいて、車輪のころがり面と接触するある程度の幅を要するが、運搬装置である車両として軌条の敷設条件にしたがって、その軌条上を車輪がある程度の速度で走行するためには、摩擦を可能な限り最小とすべく、その軌条の踏面と車輪のころがり面とは車両の走行条件に適する最小限幅で接触することが、その構成における本質的な要素である。

したがって、引用発明における軌条の踏面は、厳に「水平」であってはならず、車両の荷重に耐えるに必要な限度でのみ「ほぼ水平」であることを要するのであって、「ほぼ水平」という場合の「ほぼ」は走行性能に重点をおいて、可能な限り車輪との接触幅を小さくするものであることを要するという意味なのである。

繰り返しになるが、引用発明においては、走行性能に重点を置いて、その軌条の踏面は車輪との接触幅を小にするとの観点から「ほぼ水平」であり、これに対し、本件考案においては、耐荷重性に重点を置いて、その軌条の踏面は車輪との接触幅を最大にするとの観点から厳に「平坦」であるのである。

4 こうした次第であるから、原判決が引用発明を車両用のものであるとしながら、その軌条の踏面の構成を、本件考案における軌条の踏面の構成と同一のものであると認定し、引用発明における軌条の踏面につき「本件考案と同様に平坦な走行面を有するものも含まれている」と断ずるのは、明らかに、その前提と結論に齟齬をきたしているのであって、原判決には理由齟齬の違法があるというべきである。

以上

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